部落解放中央共闘会議第27回総会(2003・2・21)記念講演・要旨

「実効性ある人権委員会を〜刑務所暴行事件を踏まえて〜」

               猿田佐世・弁護士(監獄人権センター理事、人権フォーラム21研究員)

 名古屋刑務所で、刑務官による受刑者死傷事件の発覚がつづき、監獄人権センターには「こんな被害をうけた」「助けてほしい」という手紙が毎日のように寄せられている。
 一昨年12月の同刑務所保護房内での受刑者死亡事件では、今年2月12日、名古屋刑務所の副看守長が1人逮捕された。刑務官が受刑者を押さえつけ、消防用のホースでお尻へ放水し、受刑者が翌日に亡くなるという、虐殺ともいうべき拷問事件だ。
 この事件は、参議院法務委員会で福島瑞穂・議員が法務省に問い、昨年10月にはじめて世の中に出てきた。それまでは、その受刑者の死亡の事実すら公に説明されていなかった。また、事件について法務省は当初、受刑者が自分で肛門に指をつっこみ、悪化して死亡したと説明していた。
 名古屋刑務所では、昨年5月の受刑者死亡事件や昨年9月の受刑者重傷事件で5人が逮捕されている。今回の一昨年12月の死亡事件での逮捕で逮捕者は6人になった。
 逮捕当日、私は偶然にも別の事件の証拠保全のために名古屋刑務所にいた。刑務所長らの記者会見のあと、監獄人権センターもただちに記者会見し、一連の事件の真相解明と再発防止のためにアピールをした。
  真相究明・再発防止と皮手錠の全廃を
 再発防止のためには第1に、革手錠を全廃し、被拘束者の生命に危険をおよぼさない新たな手段を採用する必要がある。
 革手錠は、受刑者の胴にベルトの部分を巻き、そのベルト部分に手を固定する戒具で、一般の手錠とはまったく違うもの。これまでの聞き取りで、革手錠の締め方はほんとうに乱暴であることがわかっている。
 受刑者を押し倒して革手錠のベルトを受刑者の胴にまわし、胴を足で踏みつけながら息ができなくなるくらい締める。そのうえ、胴のうえに刑務官が何人か乗り、「せーの」などのかけ声でジャンプし一層締める。こうして泣き叫んでいる受刑者をそのまま保護房内に転がして放置したのが、これまでの死亡事件や重傷事件の概要だ。
 両手を後にまわすとそれだけでもかなり痛いが、革手錠は両手を後にしてつけることが多い。しかも革手錠に加えて2つの金属手錠をつけることもある。
 革手錠は他国では一切使われていない。日本では、受刑者が暴れたりする場合にしか使ってはいけないと決まっているが、そうでない場合でも使われることが多い。ときには革手錠を持ちあげて受刑者を半分宙ぶらりんにすることもある。
  保護房のビデオ保存を
 第2に、保護房の24時間監視とビデオ記録を事件後5年間、本人出所後3年間の保存を義務づける必要がある。「5年」と「3年」は、国家賠償請求をするための訴訟上の理由からだ。
 日本の房は、机があったり、畳が敷いてあったり、お手洗いがあったり、という雑居房が基本。保護房は雑居房とは違い、暴れてもぶつからないように壁に凹凸はなく、トイレの穴と蛇口があるだけ。床が、実際は全然そうではないが、一応柔らかくなっていることになっている。
 先日の新聞に、昨年9月に起きた、保護房での革手錠を使った受刑者重傷事件を記録した監視ビデオの音声の一部が人為的に消されていたことが掲載された。実際、刑務所での暴行事件はまったくの密室で、目撃者がいても基本的には暴行を加えた加害者側の目撃証言になる。こういう事態が起きないよう、起きていればきっちり把握できる状態を作らねばならない。
 革手錠を締められたり、保護房に入れられたり、という原因は、私が話を聞いた元受刑者では、刑務所で目撃したひどい処遇について「こんな事実があることを明らかにしたいので外部に手紙を書きたい」と申し出たことがきっかけだった。刑務所側は、そのように外部に知らせたり、訴訟を起こすような受刑者を「訴訟狂」などとよび、いいがかりをつけて革手錠を締めたり、保護房に入れたりしている。
  第3者の調査組織による再調査と改革を
 つぎに、法務省から独立した第三者からなる調査組織により、過去にさかのぼって名古屋刑務所を含めた全刑事施設での死亡事案について徹底した再調査を実施する必要がある。
 今回の記者会見では、刑務所長は一応深々と頭を下げて謝り、過去の死亡事件の調査を約束した。国会でも一昨日、法務省が、ここ三年分、名古屋刑務所を含む全刑務所で調べると答弁した。しかし、実際には刑務所からあがってくる死亡事例は、すでに刑務所側で「上にあげてもいい」と判断したものだけであり、まだまだ隠蔽される可能性がある。その点はどう法務省に対抗していこうかといま考えている。
 つぎに、法務省以外の第三者も含めた組織により、現状の矯正制度に関する抜本的な改革を実行すること。今回の「報告が全然あがっていなかった」ような制度でなく、「パリ原則」にのっとったきちんとした人権委員会が自由に刑務所のなかを見ることができるようになれば、第三者が突然なかに入って調査できるようになれば、ひじょうに改善されるのではないかと思う。
  受刑者が人権侵害を訴える困難さ
 いまは刑務所のなかはまったくの暗闇だ。まず、受刑者から監獄人権センターに手紙一つを届けることも一苦労だ。
 手紙を書きたいときは、週に二、三回の「お願いをしたい人はいるか」と聞かれる機会に「手紙が書きたいので書かせてください」とお願いして、「願い事簿」に「『願箋(がんせん)』がほしい」と記載してもらう。そして、許可がおりて「願箋」がもらえれば、手紙を出すことの申し出を「願箋」でおこない、手紙を出す許可をえる。手紙は、内容をすべて確認され、コピーされたあと、やっと発信できる。
 監獄人権センターなどの住所を知らないときには、また「願いごと簿」に「『住所を教えてください』ということいいたいので『願箋』をください」といって、「教えてください」と「願箋」に書いてまた申し出るが、公官庁ではないので教えられないという返答が多い。
 このまえ私が証拠保全にいったときも、かろうじて私たちに届いた手紙がすべてコピーされて「このような内容で監獄人権センターに人権救済の申し立てをしたいといっている受刑者がいますが、所長、これを許していいでしょうか」という許可簿みたいなものが下からあがっており、よくここを乗り越えて手紙がきたなと感じた。
 驚くかもしれないが、海外では刑務所から外に電話をかけられたりする。たとえばイギリスでは、人権NGO電話帳みたいなものが電話の横に置いてあったりする。電話の中身をテープにとったり、週に何回などと決まってはいても、外部への意見発信の機会はかなりある。
 日本では電話はいっさい認めておらず、なかで見聞きしたことを外へ出すことはひじょうに難しい。かろうじて弁護士に訴えが届いて弁護士があいにいっても、弁護士の立ち会いにも看守がつき、わずかな時間しか話が聞けない。
 看守から暴行を受けた被害者が、看守が立ち会うなかで、看守について「こんなひどい目にあった」とは弁護士に話せない。実際、話を聞きにいった弁護士は「話の内容は看守に関することなので立会の排除を」と申し入れたが、却下され、受刑者は「もしこれを話して、このあと房に戻ったらまた何かされるのではないだろうか」とおびえながら話したということだ。
  法務行政の内部の救済制度では機能しない
 刑務所や留置所、拘置所、入管施設など、拘禁施設での公権力による人権侵害にたいして、効果的な救済制度がぜひ必要だ。
 いま、刑務所で人権侵害を受けている受刑者を救済する制度としては、まず、「監獄法」で保障されている手続きに「所長面接」「巡閲官情願」「法務大臣情願」というものがある。
 「所長面接」は、刑務所長にあって直訴する制度。「巡閲官情願」や「法務大臣情願」は、所長も基本的に刑務所内の人間なので、刑務所外の巡閲官や法務大臣に意見する特別な手段として認められているものだ。しかし、これらは行政当局内部の手続きであり、法的な応答義務がない。
 事実、私の依頼者はかつて「法務大臣情願」をしたり、「巡閲官情願」を一回だけした。「巡閲官情願」では、巡閲官がきて「どういうことがあったんだ」とインタビューがあったそうだが、結局数行ばかりの返事がくるまでに1年4か月以上もかかり、救済されなかった。
 しかも、巡閲官がきて面会してくれるときに、刑務官はその巡閲官のことを「あんな馬鹿たち相手にしてちゃだめだぞ。同じ法務省にいる人間がやってるんだから、調査なんかするわけないだろう。あんなの、お茶飲んで、まんじゅう食って帰るだけだ」と受刑者に語ったそうだ。刑務官みずからが、同じ法務省にいる人間が調べにきても全然役に立たないと認めている、非常に生々しい発言だ。
 「法務大臣情願」は、受刑者が直接法務大臣に直訴し、法務大臣が封をあけなければならない規定になっている特別な制度だ。
 大臣が全部の封をあけることは実際的ではないだろうが、この制度について森山・法務大臣は、昨年11月に「そんな制度があったとは知りませんでした」と記者会見で語り、12月になっても「まだ一枚も私は見たことがありません」と語った。かりにそれが真実でも「では知った段階で調査してくださいよ」といいたい。制度がまったく機能していないことを大臣みずからが認めているのだ。
  弁護士会の人権救済には限界が
 このほかの救済制度としては、弁護士会への人権救済申し立てがあり、名古屋刑務所事件発覚以後、急増している。
 これは、弁護士会内に設置された人権擁護委員会に人権侵害を訴えて調査や勧告を求めるもので、人権侵害の事実を後に残すためには有益な手続きだ。
 しかし強制力がなく、実際に人権侵害があったことを調べるにも限度がある。また、昨年9月の名古屋刑務所での受刑者重傷事件は、人権救済の申し立てをした受刑者にたいし、弁護士会の調査が入る2日前に、刑務官が「腹が立った」などと革手錠・保護房で重傷を負わせた事件だ。このように報復を受けるのでは、人権救済の申し立てはできなくなってしまう。
 このほか、民事訴訟という手段は当然残っている。しかし、これも、もし弁護士に依頼できれば弁護士が法廷にいくが、弁護士に依頼できずに本人が損害賠償請求した場合、刑務所は多くの場合本人の出廷を認めず、裁判所もそれを許しているため、結局裁判ができない状態になっている。
 また、徳島刑務所の事件では、弁護士に相談することもままならず、弁護士への手紙にも検閲が入るために訴訟準備が十分にできないようなこともあった。
 監獄人権センターに届いていない、声なき声はまだいくつもあるのではないかと懸念している。そのような声を多少でも拾えればと、日本弁護士連合会で「刑務所110番」と銘打ち電話相談を受け付けている。
 以上、「情願」制度や弁護士会への人権救済申し立て、民事訴訟などの救済制度を紹介した。しかし、これらの救済制度は、機能していなかったり、しきれていない。そのうえ、これらの救済制度ではまったく対応できない事例もある。
 たとえば、全国で2000人以上の受刑者が独居拘禁とされており、26人の受刑者が10年以上の独居拘禁の状態におかれていることが国会議員の調査で明らかになっている。
 通常は雑居房に入って、昼間は工場で仕事をするのが一般的な刑の服し方だが、独居拘禁というのは懲罰で一人にさせられるもの。「昼夜独居」というと昼も夜も一人で、看守がたまにご飯を入れてくれるだけ。それが10年以上という状態が本当に人間の生き方といえるのか。一番長い人は30年前後だ。これを救済する制度はない。
 こうした受刑者について監獄人権センターでは、弁護士会の人権擁護委員会に救済を申し立てた。しかし、刑務所は弁護士会にも、その受刑者の名前すら明かさない。そのため、本人の委任がなくてもできるとされている人身保護請求の手続きもとれない。
  独立性のある国内人権救済機関が必要
 こうしたことから、監獄人権センターも国内人権機関の必要性を強く感じている。国内人権機関を求める声は、刑務所問題でもそうだが、ほかの部分でも強くあがっており、国際的にも日本政府は国連・規約人権委員会からいろいろな形で意見されている。
 日本政府の第4回政府報告書にたいする規約人権委員会の最終見解でも、たとえば、「9項」で人権救済のための実効的な制度的機構(国内人権機関)の欠如が指摘され、「10項」で警察と入国管理局職員による虐待に関する苦情申し立てを処理する機関がないことが指摘され、設置を勧告されている。「27項」では、受刑者の苦情申し立てについて調査するための信頼できる制度、国内人権機関をつくれと意見されている。
 現在の「人権擁護法案」については、刑務所の問題を解決する観点からみて一番の問題点は独立性だ。法案では、人権委員会は法務省の外局と位置づけられ、事務局も法務省人権擁護局を改組してあてるとされている。しかし、これでは刑務所など同じ法務省の組織での人権侵害に全然機能しないことが考えられる。
 2月19日の国会でも、矯正局長が法務大臣に「法務省と検察庁はひじょうに近い関係なので検察庁が調査しているときであれば、法務省は調査をひかえる」「中であがってきた事例について法務大臣に伝える必要はない。その捜査が進んでいるから捜査の立法性を重要視するんだ」というようなことをいって紛糾したが、法務省のなかで「これは捜査の必要性があるから」と隠し、しかもそれは現場の刑務所から報告があがっていない。こうしたことは完全に第三者でなければ調べられない。
 結局、検察庁も刑務所も矯正局も、被害者から見れば同じ法務省だ。ぜひ独自で調査し、訴訟の手伝いもできる第三者による人権救済機関ができればと強く思う。
 また、「人権擁護法案」の問題点として当事者の声が反映されないこともあげられる。当事者団体や人権NGO・NPOのメンバーが積極的に委員になれる選任手続きや任命手続き、事務局にも入れるシステムをつくらねばならないし、ぜひ地方にも人権委員会を置き、法務省の横滑りではなく当事者団体やNGO・NPOが入れる制度にしなければならない。